屋台の分布とその特徴

 

 


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参考文献

■99/09/01開設
■07/08/17最終更新
■10/06/14文面修正
 


 


 播州の秋祭りは、姫路市から高砂市の海岸部で行われる祭りが広く知られているが、これらの地域で見られる神輿屋根型屋台、反り屋根型布団屋台を主とする播州祭り屋台は、兵庫県の内陸部まで分布し、播州地方一円から丹波、但馬地方南部、岡山県美作市まで広がっている。中には地元の住民以外には殆ど知られていない屋台もあり、これほど広範囲にわたる分布も播州祭り屋台の特色のひとつである。
 では、なぜ屋台がこれほど広く内陸部まで浸透したのか、屋台の普及は、播州に初めて屋台が誕生したときから始まり、江戸時代末期から昭和初期にかけて各地に広まったといわれる。屋台の普及は社会情勢の影響も大きく関わるが、ここでは旧播磨国の地理的特色から考察してみた。
 旧播磨国は、南に瀬戸内海を望む温暖な地域で、開けた平野部には、他地域では例を見ない五つの大きな河川が流れている。東から加古川、市川、夢前川、揖保川、千種川という河川の流域では古くから農業が栄え、様々な産業が発展し、海と山をつなぐ道が開かれ、急流が少ない加古川、揖保川、千種川では舟運が発達し、物資の輸送も盛んに行われた。街道も海岸部を東西に走る山陽道、姫路を起点に丹波口につながる篠山街道、生野方面につながる生野街道、美作、鳥取方面に向かう因幡街道が整備され、交通の要所となった地域は宿場町として栄えた。特に加古川や市川は、川の流域に沿って内陸部方面まで開けた所が多く、内陸部に於ける屋台の分布状況を見ても、平野部が続く河川の流域区域に多く見られ、山峡部や河川から離れた地域ではあまり見られないという傾向がある。
 こうした特色から、豊かな産業と物流の交易路が屋台の普及を広げたと考えられる。ではどうして屋台は各地に伝わったのか、それは、地場産業や商業の発展した地域では、他村との競争意識も高まり、地区の象徴となる屋台は、より豪華なものを求めて新調、購入が頻繁に行われるようになった。こうして余剰となった屋台は、物流の交易路を通って他地域に転売されるようになり、各地に伝わった屋台は、その周辺地域にも普及をもたらしながら播州各地に広まったといわれる。
 それでは現在に於ける各河川ごとの播州祭り屋台の分布状況を見てみよう。まず東から加古川流域には主に反り屋根型布団屋台が広がり、特に加古川市北部、加東市、西脇市の加古川沿いに比較的多く分布している。加古川は、西脇市で多可町加美区から流れる杉原川と合流しており、反り屋根型布団屋台分布地域も、加古川沿いと杉原川沿いに別れる。加古川沿いでは黒田庄町、丹波市山南町、同氷上町まで分布が確認され、杉原川沿いでは、多可町中区、加美区まで分布している。
 次に、市川流域から播但沿線地域では東の布団屋根地域と姫路市の神輿屋根地域の文化が混ざり、反り屋根型布団屋台と神輿屋根型屋台が混在している地域がある。この方面では屋台の売買により、反り屋根型布団屋台を手にした地区と神輿屋根型屋台を手にした地区があり、屋台の分布も複雑になっている。市川沿線の姫路市香寺町や船津町では、神輿屋根型屋台が多い中、反り屋根型布団屋台が一台ずつ分布しているが、福崎町に入ると一変して反り屋根型布団屋台が圧倒的に多くなる。市川町、神河町は主に反り屋根型布団屋台が分布し、但馬地方の朝来市生野町では、ほぼ半数ずつの混在となる。朝来市からは、日本海に流れる円山川水系になるが、播州祭り屋台の分布は続き、旧朝来町内は反り屋根型布団屋台が数台分布している。さらに北上し、同市和田山町では竹田、和田山周辺に比較的まとまった数の神輿屋根型屋台が分布しており、JR和田山駅周辺地域が播州祭り屋台分布の最北端となっている。
 続いて夢前川、揖保川、千種川流域では主に神輿屋根型屋台が分布している。しかし、これらの河川の上流域は、加古川や市川に比べると山峡部が多く、人口が多い集落も少ないことから屋台の分布密度も加古川、市川流域に比べると低い。まず、夢前川流域では、下流部に英賀、広畑、続いて蒲田神社の氏子がある。この方面は、かつての屋台が途絶え、子ども屋台が祭りの中心になっていたが、近年では屋台も増えて祭りも賑やかになっている。しかし、これより上流になると屋台の数も極端に少なく、夢前町南部の平野部に数台の神輿屋根型屋台が分布していが、夢前町北部になると雪彦山系にあたり、地形的にも屋台の分布は確認されない。夢前町内の屋台は、大型屋台の分布が少なく子ども用から中型屋台が多く見られ、かつては大屋台を保有する村も多かったが、社会情勢の変化と共に廃れ、現在では子ども屋台から中型屋台が中心となっている。
 続いて、揖保川流域では、下流には魚吹八幡神社や富嶋神社の氏子があり、屋台も多くの村に分布する地域であるが、これらの氏子より北側に広がるたつの市、宍粟市では、川沿いに開けた平野部が続く割には、全くといえるほど屋台の分布は見当たらない。唯一、新宮町の一部と宍粟市一宮町の伊和神社に5台の屋台が分布する程度で、これ以外の地域では、かつて屋台を保有していたという村も比較的多いが、子ども屋台で復興した村もほとんどなく、屋台練りそのものが途絶えた地域となっている。
 最後に千種川流域では、千種川は河口まで山岳地帯が続き、千種川沿線を通して密集した屋台の分布は見られない。しかし、この流域で見られる屋台は、古い形態がそのまま残されている地区があり、こうした屋台が少数ながら佐用町に残っている。さらに、この方面の屋台分布は、旧因幡街道から県境を越えて岡山県美作市の旧大原町と東粟倉村にまで達しており、旧大原町に数台と東粟倉村に古い形態の屋台が一台見られる。
 以上、各河川ごとの屋台分布状況を見てみたが、分布図を見てもわかるように屋台は東西よりも、南北に伝わった傾向が強いことがわかる。屋台の分類も一部の例外を除けば、ほぼ河川を中心に南北に広がっており、このことからも屋台は、河川や街道を通じた物流の交易がある地域に伝播していることがわかる。